※この作品はTOMATOの続きです。





     TOMATOその後





 うまいこと言いくるめられて脱がされた。そのまま犯されるのかと戦々恐々としていたが、予想に反して月森は足立の脱いだ服を抱えて、簡単な染み抜きしてくると告げて、下着姿の足立を置き去りにした。その隙に部屋着に着替えようかと思ったが、洗面所の方へ姿を消す直前、「大人しく待っててくれないと、俺、何するかわかりませんよ?」と釘を刺されたのを思い出し、しばし逡巡してしまう。
 いや、でも、ちょっと寒いし……。月森の言うことを聞いて大人しく、というのも面白くない。そこで足立は折衷案として、ベッドに潜り込むことにした。頭まで掛け布団をかぶり、あわよくばこのまま寝たフリでやり過ごせないだろうか、という目論見もある。
 しばらくして、トントンと穏やかな足音が響いてくる。足立はできるだけ穏やかに呼吸するように心がけながら、目を閉じた。
「足立さん?」
 パッと見、姿が無いことに訝しんだのだろう。驚き混じりの声が聞こえた。が、すぐに人の形に膨らんだベッドに気づいたのか、足音が近づいてきた。
 僕はもう寝たよ。それを全身で表すように規則正しく呼吸をする。こうしていると本当に眠くなってくるから不思議だ。
「……足立さん?」
 ギシリとベッドの軋む音で人の気配が傍らにあるのを感じた。問いかける声も先程より声量が小さい。寝たフリが通じているのだろうか?
 だが、それを確かめるすべはない。足立はただじっと月森が諦めて帰ってくれるのを待つしかないのだ。
 と、頭までかぶっていた布団がめくられ、少しだけ冷ややかな空気が頬に触れた。きっと顔を覗き込まれて、寝ているかどうか判断されているのだろう。
「足立さん、寝てしまったんですか?」
 呟くように問いかけられたが、あいにくと返事をしてやるつもりはない。この短時間で熟睡してしまうのか疑問に思われるかもしれないが、足立の寝付きはおどろくほど良い方だ。そのかわり寝起きは悪い。月森もそんな足立の寝穢さを知っているので、判断しかねているのだろう。戸惑っている気配が伝わってくる。
「足立さん……」
 あからさまに落胆したような声を出しても無駄だ。そんな事で心を動かされるほど自分たちは甘い関係ではない。よって、寝たフリ続行である……と、思っていると、頭をなでられた。足立のちょいちょいと跳ねた髪を整えるように手で梳られ、肌が粟立つ。だが、ここで負ける訳にはいかない。我慢だ、我慢……そう自分に言い聞かせ、じっと息を殺す。
 耳に指が触れ、形をなぞるように軽く撫でられた。人が寝てると思ってやりたい放題だな……。空気の動く気配にやっと解放されるのかとほっとしかけた瞬間、頬に暖かなものが触れた。それが唇だと気づいて、さすがに目を開きそうになる。だが、寝たフリをしていたことがバレるのも嫌だ。そんなことを考えてまごついている間に、月森の体が同じベッドの上に滑りこんでくるのがわかった。なんという事だ! こいつはこのまま一緒に寝るつもりなのか!?
 だが、月森の行動は足立の予想の上を行った。ひんやりとした手が足立の素肌に触れると、まるで愛撫するかのように撫でられる。なんで構わず服を着てしまわなかったのかと数分前の自分を恨む。
「ちょっと、寝込みを襲うなんてどうかと思うよ」
 さすがに我慢が出来ず……というか、このまま大人しくされるがままになるのも嫌で、口を開いた。
 眼の前に横たわる月森はうっとりするような表情でくすくすと笑った。
「本当に大人しく待っていてくれたのが嬉しくて」
「いや、寝てたんだけど」
「嘘。起きてましたよね。俺が触るたびに眉間に皺が寄ってましたもん」
 思わず舌打ちしてしまう。それに対して月森は楽しそうに笑うばかりだ。嫌な子供だ。
「足立さんのことだから、俺が言っても着替えちゃうかと思ってたんですけど……そのままでいてくれたんですね」
 ああ、こいつがやたら嬉しそうなのはそのせいか。次、こんなことがあったら迷わず服を着よう。そう心に決めて、話している間も足立に触れ続ける月森の手を押し返す。
 月森が身を起こし、掛け布団を跳ね除けた。邪魔だからだろう。突然ひんやりとした空気に晒され、思わず身震いする。
 よく見ると、月森はシャツ姿だった。学生服の上着はとっくに脱いでその辺にたたんで置いてあるのだろう。品がいいことで、と内心皮肉を言う。
 足立がため息をついていると、月森がシャツを脱ぎ始めた。もちろんそんなものを眺める趣味などないので、もう一度ため息をつき、横たわったまま明後日の方向を眺める。そうしているうち、目の前に影が落ち、半裸になった月森に見下ろされていた。
「足立さん、好きです」
 耳元でかすれた声がそう囁く。足立は応えず、横向きに寝転がったまま、フンと鼻を鳴らした。
 月森は足立のそんな態度を気にする風もなく、横を向いたままの足立のこめかみにキスをする。それから、耳に頬に唇が触れ、思わず身じろいだ。こういう、ただ施されるだけの甘ったるい行為にはいつまでたっても慣れない。慣れたくもない。
 そっと、だが有無を言わせぬ力で顔を月森の方へと向けさせられた。ゆっくりと顔が近づき、唇が重なる。お行儀よく触れるだけのキスからに足立はうんざりする。欲望のまま行動する足立にとって月森の行動は手が込みすぎていて少々じれったい。いや、何かを催促しているわけではなく、早く終わらせてしまいたい故にそう思うのだ。
 なので、足立から口を開け、促すように舌で月森の唇を舐めた。けして誘っているわけではないのだが、月森からしたらそうとしか取れないようで、喜びもあらわに深くくちづけてくるのだ。
 別に触れるだけのキスだけでもいいのだが、足立は存外月森とのキスが嫌ではない。それなりに上手く、ツボを心得ていて気持ちがいいし、目をつぶってお気に入りのグラビアアイドルのことでも考えれば目の前の人物が誰であれ気にならなくなる。いつも、ここまでなら戯れとして許してやらなくもないかなと思ってしまうほど、足立の貞操観念はルーズだった。普通なら嫌悪感を抱くところなのだろうが、彼とは散々接触を重ねたあとなのでもう今更だ。それになんだかんだ快楽に弱い体質と面倒くさがりな性分も手伝って、だらだらと流され続けている。
 淫らな吐息と唾液が口の中で混じり合う。角度を変えながらのキスは必死に足立を求め翻弄する。どこでこんなキスの仕方を覚えてくるんだか、と溜息をつきたくなる。だが、足立の口から漏れるのは熱のこもった呼気ばかりで意味を成さない。
「足立さんって、キス、好きですよね」
 ようやく離れた月森がうっとりと言い放つ。
「まぁね。目、つぶって女の子だって思えばいいし」
「ひどいな」
 言葉とは裏腹に月森は楽しそうにくすくす笑う。
「今日はちょっと変わったことをしようと思って」
「は? 何、出し抜けに……疲れることはしないよ、言っとくけど」
 何度か無理な体位を要求された過去が頭をよぎって、うんざりする。本当に疲れるし、屈辱的な経験だったので、あまり思い出したくもない。
「いえ、足立さんはじっとしていてくれて構いませんよ」
 本当か? と問おうとして、月森の手の中にあるものに目が吸い寄せられた。
 なんだ、そのタッパーは?
「ほら、動かないでください」
「待っ……!」
 最後まで言い切らぬうちに胸元に冷たい感触が広がる。思わず逃げようと身体を起こしかけたが、そこをあっさり月森に抑えつけられた。
「ほら、動くとベッドにこぼれちゃいますよ?」
「ふ、ふざけ……」
 混乱でうまく言葉が出てこない。
 月森の手にはタッパー。その中身は赤いトマトだ。そう、出会い頭にぶつけてきたものと同じ、煮とろけた野菜だ。
 月森はそれを片手で足立の体に塗りつけている。びちゃっと音がして、タッパーに残っていたトマトがさらに追加された。
 ダメだ、こいつ絶対おかしい。
「やっぱり、足立さんは赤が似合いますね」
 満足気な月森が呆然としている足立の胸から腹にトマトを塗り広げている。指先で絵を書くようにくるくると肌の上をなぞられ、反射的に身体が震えた。荷くずれた野菜をローションがわりに使う馬鹿がいるとは思わなかった。さすがに怒鳴り散らしたいのは堪えたが、拳を作って月森の腕を軽く殴った。
「……君がおかしいってこと忘れてたよ……」
「これも愛ゆえに、です」
「僕にはちょっと荷が重いなぁー……」
「そんな事言って、足立さんはいつも受け止めてくれるじゃないですか」
「受け止めてるんじゃなくて、仕方ないから付き合ってるだけなんだけど」
 いくら抵抗しないとは言え、いつも嫌だとは言っているし、態度にもそれを出しているつもりなのだが、この頭のネジが緩んだ少年には伝わらないらしい。
 月森は意味ありげに片眉を上げて笑みを浮かべる。その顔が気に食わずもう一度無言で腕を殴った。今度はもう少し強めに。
「……可愛いことしないでください。あんまり動くとホントにベッドにこぼしますよ?」
 それは困る。ベッドのマットレスのクリーニングはかなり面倒だ。シーツが敷いてあるとはいえ、こういった色の目立つもののシミは結構残るのだ。普段の足立ならば気にしないが、これが月森との行為による汚れだと思うと是が非でもクリーニング業者を呼びたくなるだろう。
「この前は俺の上で動いてくださいなんて頼んで怒られてしまったので、今度は足立さんが動かなくても済むように考えたんです」
 気遣いの方向が間違っている! そう思ったが口には出さなかった。いちいち会話をするのは本当に疲れる。もう何を言われても聞かなかったことにして黙っていよう。そうして早く終わるのを祈ろう。幸い今回は動かなくて良いらしいし、じっと寝転がって事が終わるのを待っていればいい。
 が、そんな足立の思惑はすぐに外れてしまった。
 先程から月森の指がくるくると足立の肌の上をなぞっている。塗り広げられたトマトの濃淡を確かめるように、ああでもないこうでもないと呟きながら時々こすりつけられるように撫でられ、くすぐったさに身を捩ってしまう。愛撫を施される手つきとは違って、薄っすらと浮かんだ骨や筋肉の輪郭をなぞられるのがこんなにもどかしいものだとは思わなかった。背筋を這い上がる甘やかな痺れを感じながら、こんな馬鹿な行為に快楽を得る自分を認められず歯を食いしばる。
「足立さん、動かないでください」
「くすぐったいん、だよっ」
 月森がクスクスと笑う。足立の内心を見透かしているかのような態度がものすごく気に食わない。無言で睨みつけると鼻先にキスされた。それがあまりにもキザったらしくて辟易する。
「よし、できた」
 おもちゃの積み木を積み上げてお城でも完成させた子供のような顔で月森が満足気に微笑む。ああ、おもちゃにされているという点ではあながち間違っていないかもしれない。彼の突拍子もない行動は好きな人に対する態度にしては常軌を逸している。と、足立は自分のことは棚上げでそんなことを考えた。
 唐突に月森が離れる、何事かと首を巡らせようとしたが、腹の上に塗りたくられたトマトがこぼれてしまうのを気にしてうまく見れない。が、すぐに月森が何をしようとしているのか目に入った。なんだ、その手に持った携帯は……。
「ちょ、まさか写メる気!?」
「だって、足立さん、すごく綺麗なので……」
 照れたように笑うのが鬱陶しい!
「冗談じゃない! さすがの僕も怒るよ!?」
「でも……」
「でも、じゃない! もしそんなことしたら、君とは金輪際口も聞かないし顔も合わせない! 堂島さんちにも一生行かない!」
 我ながら子どもっぽい言い方になってしまったと思うが、焦ってそれどころではなかった。こんなみっともない姿を、よりにもよって月森の携帯に証拠として残されるとは死んでもゴメンだ。
「……はぁ、そう言われると思ってましたけど、実際言われると残念ですね。写メはやめておくので、怒らないでください」
「……冗談じゃないよ……」
「すいません」
 月森が機嫌を伺うようにキスしてくる。足立はそれを顔を背けて避けた。横目に月森の傷ついた顔が映る。足立の反応などわかっていたくせに、そんな顔するぐらいなら最初からやらないで欲しい。
「足立さん、ごめんなさい。好きです。大好きです。好きで、好きで、俺は足立さんを前にすると平静ではいられないんです」
 熱っぽく耳元で語られる言葉に胸焼けしそうだ。
「好きです、足立さん。こっちを向いてください。お願いします……もう、こんなことしないので……」
 そうして謝りながらなおも好きですと繰り返す月森が、足立のこめかみや頬にキスをする。それに観念して正面を向いた。
「……じゃあ……せめて、早く終わらせて」
「……善処します」
 月森の指が足立の胸元に付いているトマトを掬い取る。
「まずは、これ、ですね」
 何が? と思っていると、月森は手についたトマトを口に運んだ。あ、やっぱりそうやって処理するものなのね、これ……。そう思って足立は目を閉じる。見ているのが苦痛だ。
 月森はそんな足立のことは気にせず、次々とトマトを掬い取って食べているようだ。ペちゃり、と微かな咀嚼する音と、指が腹部を撫でるようにかすめていく感触。すごく微妙な感じだ。どう表現すればいいか困る。
「ねぇ、足立さん。不思議な感じがしませんか」
 熱を帯びた言い方に、返事をするのも億劫だったが、目を開けた。途端に後悔する。
 月森の目は爛々と輝いていて、口元を拭う指先は水っぽい赤で濡れている。
「……茹でただけだとあんまりいい赤が出なくてちょっと物足りないかなって思ってたんですけど、これでも充分すぎるくらいですね」
 月森の手が足立の腹部を這う。いとおしそうにトマトを指に絡めながら、ゆるゆると曲線を描く。そうして手にまとまりついたそれを口元に運び、普段の彼からは似つかわしくない蠱惑的な笑顔を浮かべた。
「貴方のはらわたを食べているみたいだ」
「……君に、カニバリズム趣味があるとは思わなかったなぁ」
「そんな趣味、ありませんよ。でも、足立さんとはとてもおいしそうですよね」
 先程とは一転、月森が爽やかに微笑む。ああ、気持ち悪い。
「ほら、こうすると一層、あなたを喰らっているみたいだ」
 月森が足立の上に覆いかぶさり、ゆっくりと腹部へ顔を寄せる。見なければいいのに、足立は目をそらすことも閉じることも出来ず、赤い舌が己の腹の上を舐めていくのを目に焼き付けてしまった。
 反射的に身体が跳ねる。ぴちゃぴちゃとトマトを舐め取る音が響いて、それがどうにも嫌らしく感じられた。
 月森は一心不乱にトマトを食べている。前髪が汚れるのも気にならないらしい。そのおかげか、ぶちまけられたトマトの大半はもう見る影もない。足立は何故か目をそらせず、その様子を見ていた。月森の舌使いにはいつもの愛撫するような優しさはなく、ただただ食べるために動かされているようで、時々歯が当たった。そのたびに噛み付かれるのではと、ひやりとする。
 本当に、獣の捕食シーンそのものだ。そんな風に思う。
「足立さん……」
 いつの間にか顔を上げた月森がそのまま顔を寄せてくる。噛み付くようなキスは、当たり前だがトマトの味がした。
「……ん、……はぁ……」
こんな風に自然と漏れてしまう自分の声が、足立は心底嫌である。息継ぎもろくにできない長いキスからようやく解放されて、ほっとして出てしまったため息が何故こう艷めくのか……。
文句ありげに月森を睨みつけると、困ったようにこう言われた。
「すいません。なんだか本当に足立さんを食べている気になっていました」
「へ・ん・た・い」
「足立さんがおいしいのが悪いんです」
「理由になってない」
「だから、もっと、味わわせてくださいね」
 は?と思うと同時に、月森がまた足立の腹部に舌を這わせる。もうトマトはほとんど残っていないが、その残滓を探すように吸い付かれて足立の身体が微かに跳ねる。
 ただの愛撫だが、それだけではない様子に落ち着かない。普段は歯が当たることなどないのに、先程から月森は食べるような仕草で足立の弱いところを愛撫していくのだ。知らず知らずに拳を握りしめ、目を閉じた。
 くすりと月森が笑う気配がする。その次の瞬間、脇腹を甘噛みされて変な声が出た。
「な、何して……んっ!」
 駄目だ。喋ればやぶ蛇だ。みっともない声を上げるよりはマシだと思い、足立は右手で自分の口を抑えた。本当は何してんだこのやろう、変なことはやめろと言いたい。
 しかし、そんな慌てた様子が月森を調子づかせてしまったらしい。歯を立てられ、そこを癒すように優しく舐められ、それがどうしようもない快楽を生んで、そう感じる自分を殺したくなった。
「……んんっ!」
 乳首にまで噛み付かれ、くぐもった声が漏れてしまう。そりゃ、今までも強くいじられたことはあるけども、歯で噛まれるのがこんな……くそっ!
 そんな足立の動揺が伝わったのか、月森が嬉しそうに、いろんな所に噛み付いてくる。足立はそのたびにびくびくと身体を揺らし、声を噛み殺した。
 が、二の腕に鋭い痛みが走り、思わず押さえていた手が外れかかる。
「つぁっ……くっ!」
 信じられない。今、思いっきり噛み付かれたぞ。そして、そこを舐められた。ふざけんなこのガキ!と叫べないことが辛い。抗議の意味も込めて睨みつけるが、月森の表情を見た瞬間ハッとする。目が座っているとでも言うのだろうか。恐ろしいほどの情欲を湛えた目に射竦められ、いやに鼓動が早くなる。
 乱暴に声を押さえていた腕を払いのけられ、またしても噛み付くようなキスをされる。それも先程より荒々しく、歯がぶつかって痛い。
 それからはお互いに荒い呼吸のまま訳もわからず、絡み合った。月森の愛撫は容赦なく、身体のいたるところに噛み付いてはそこを丁寧に舐めることの繰り返しだった。その熱気に当てられ、足立からも月森の肩口に噛み付くと、「もっと」とせがまれた。こんな事、正気じゃない、バカみたいだ。そう思いながら、足立は月森の言葉に従った。
 優しく甘噛みされていたかと思うと、きつく噛み付かれ、声を上げて痛がると今度はねっとりと舌で愛撫される。その繰り返しで、自分が痛みで声を上げているのか、喜悦の声を上げているのかわからなくなった。いや、わからないふりをした。
「……足立さん」
 肩で息をついていると、月森に太ももを持ち上げられた。そうすることの意図を察して、足立は鼻で笑う。見れば彼のそれは限界を訴えるように震えているではないか。もちろん、足立とて似たような状態なので、彼のことばかり笑えないが。
「いいさ、そのまま……やればいい」
 挑発するように言えば、月森が眉をひそめる。今更冷静になられても興ざめだ。足立は手を伸ばして月森の首を引き寄せると、耳元で「早く」と囁いてやった。そのまま耳たぶを舐めてやれば、月森が絞りだすように「どうなっても知りませんから」と言った。安い挑発だが、乗ってくれたようで何よりだ。
 月森のそれが、押し当てられる。慣らしもしていないそこに挿れるのはやはり難しいのか、先端が擦り付けられる感触が暫く続く。と、いきなり痛みが襲った。
 どちらからともなく苦悶の声が漏れる。足立は慣らしていないそこが裂ける痛みに。月森は侵入したそこのきつさに。
 だが、躊躇していたのは一瞬で、月森は奥へ奥へと自身を埋め込んだ。足立が苦悶の声を上げるのもおかまいなしだ。いつもの行儀の良い彼はどこへいったのか。苦しいのに、笑い出したくてたまらなかった。
 血と先走りだけを潤滑剤に、月森がそれを抜き差しする。潤滑剤を使ってないのと、慣らさず締まったままのそこを出入りするのはきついのか、月森の表情がやや硬い。だが、彼が紛れもなく興奮しているのを、その目の鋭さや上がった口角から見て取る。やっぱり君はヘンタイだよ、と言ってやりたかった。けれども、足立の口から漏れるのは意味を成さないうめき声ばかりで言葉を紡ぐなんてとても無理だった。
 次第に挿入がスムーズになってくると、じわじわと背筋を這い上がってくる感覚に気が付き、頭の芯がしびれた。
「ふぅ、ん……うあ、……あっ」
 足立の上げる声の変化に気がついたのか、月森の動きに遠慮がなくなる。そして、萎えかけていた足立のものに手を添え、しごき出した。
「んぁっ、あぁ……はぁっ……ああっ!」
 それにたまらず、足立はだらしなく声を上げた。痛くて苦しいのに、どうしようもなく興奮する。昂ぶるのを止められない。キモチがイイ。
 肉と肉がぶつかる音と自分のキチガイじみた声と月森の荒々しい呼気、それらが波のように襲ってくる中、かすれた声で名を呼ばれ、足立はそこで果てた。


※※※


 いっそ、射精時に気を失ってしまえればいいのに。真剣にそう思った。
「中で出しやがって……クソガキ」
「だから、謝ってるじゃないですか」
「誠意が感じられない……」
 月森がしょうがないなと言いたげにため息をつく。
「後始末ならちゃんと手伝ったじゃないですか」
「君は!それが!どれほど!屈辱的なのか!全然わかってない!」
 中で出された精液は指で掻き出され、ご丁寧に切れた内部に軟膏まで塗られている。
 終わった直後はお互いひどい有様だった。途中から噛み合いのようになってたお互いの身体はひどい見た目だし、月森にいたっては背中から肩にかけては足立の爪痕がくっきり残っている。足立は足立で血と精液でべたべただった。痛みとだるさで動きたくないところを無理やり風呂場に連れて行かれ、あれよあれよという間に後始末までされた。
 今はあたたかい部屋着に着替えて、ベッドのうえに座っている。手には月森が作ったトマトリゾットの皿が収まっている。何故、テーブルで食べないのかというと痛くて座れないからだ。ちくしょう。しかもこのトマトリゾットが無駄に美味いのが憎らしい。
 隣では同じようにトマトリゾットを食べている月森がいる。どこかこちらを気遣うような視線が鬱陶しい。
 足立は大きくため息をつくと、手を伸ばして月森の頭を小突いた。
「まぁ、今日は面白い君が見れたから、もういいよ」
「え? どういう意味ですか?」
「教えない」
 不満そうな月森を無視して、リゾットを食べるのに専念する。
 いつもの余裕をかなぐり捨てた、手順も何もない獣のように足立を求めてくる月森が良かったなんて、教えてなどやるものか。














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