■飛べない星(本文サンプル)■



「目をそらす彼の唇を強引に奪い、噛み付くようにこじ開けて口内を犯す。胸や肩を押 し返してくる腕を乱暴に叩き落としてしまうと、脇腹を殴られた。けれど、それは抵抗にしては弱すぎるもので、かえって劣情を煽られる。愛しさが溢れて、ま た深く口付けた。この気持ちが少しでも伝わって欲しくて何度も何度も口づけ、口腔内を舐め、舌を絡める。だが、彼は与えられる快楽にだけ従順で、熱に浮か された瞳は俺を映すことはない。それでも、快楽に乱れる彼が可愛くて、俺はより一層優しく彼を愛撫し続けるのだ。優しく触れる愛撫に焦れて彼が手を伸ばし てくる。ぐいっと強く頭を引き寄せられたかと思うと、耳元でかすれた声が『…もっと』と囁くのだ……痛っ!」
 突然頭頂部に降ってきた痛みに、月森は思わず頭を抱えた。
「寝言は寝てる時に言ってよね……っていうか、たとえ寝言だとしても声に出さないでくれる? そんな薄気味悪い妄想」
「そんな……事実に基づいたノンフィクションストーリーで、俺としてもかなりの出来だと思っ……痛いです」
 もう一度、丸めた雑誌で頭を殴られ、月森は渋々黙る。目の前では足立が、心底うんざりだ、とでも言いたげな顔で丸めた雑誌を投げ捨てた。
「馬鹿ばっかり言ってないで、それ洗ったら帰るんでしょ。早くしたら?」
 と、流し台の中にある洗いかけの食器に視線を投げて言う。その目が息を呑むほど冷たく見えて、月森は思わず濡れたままの手を伸ばした。立ち去ろうとした足立の手首を危うい所でつかむことに成功し、足立が億劫そうに振り返る。
「……どうしたの?」
「今日、泊まっていっちゃだめですか?」
「だめ」
「即答ですか」
「だめに決まってるでしょ。だいたい君、泊まる準備なんてしてきてないでしょ。明日も学校あるのに私服で行くわけ? それに堂島さんがなんて言うか……」
 そう言いながら、足立がやんわり月森の手から逃れる。乱暴に振り払われなかっただけいいが、冷静に対応されたことに逆に衝撃を受けてしまう。
「明日の朝、早く起きれば、一度家に戻ってから学校に行くこともできます。叔父さんのことなら、今から連絡すれば平気だと思うんですけど」
  事実、月森が足立の家に頻繁に通っているのを堂島は知っている。堂島はそれを諌めるどころか、自堕落な足立の私生活を心配して月森に「様子を見てきてく れ」と頼む始末だ。さらに月森が「年の離れた兄ができたようで嬉しい」と言うと、堂島は微笑ましいものを見るように月森と足立の親密な関係を受け入れた。 おそらく宿泊の一つや二つ、何も口を挟まないはず、だ。いや、もしかしたら思うところあるかもしれないが、堂島の性格では、下衆の勘ぐりのようなことは口 に出すまい。
「それでも、だーめ。危ない妄想話をしゃべるような変態と一緒に寝泊まりするなんて、怖くて出来ませんー」
 子供のような言 い分に、思わず苦笑してしまう。足立のこうした子供っぽい言動は、そのあどけない印象から冗談を言っているように聞こえるが、実際は逆だ。彼は軽口でもっ て周りを拒絶する。こうした言い方は、足立なりの会話術なのだろう。足立から感じる子供っぽさや頼りなさに、彼にはこれ以上言っても無駄だ、諦めようとい う気持ちがわきやすい。それをうまく利用して、足立はのらりくらりと面倒事から逃げている。……まぁ、堂島などはその例外で、足立が何を言おうが容赦はな いが。
 月森も堂島と同じように、足立が何を言おうと我を通す自信がある。だが、毎度毎度そんなことができるわけではない。足立のことは尊重した いし、惚れた弱みというのがある。強引に事を急いて、冗談では済まない拒絶を受けるのは嫌だ。なので、足立が冗談で済ませているうちに引くべきか、押すべ きかを迷うのだ。
「……どうしても、だめ、ですか?」
「そんな情けない顔したってだめだよ」
 そう言って、さっさと帰れとばかりに足立がヒラヒラと手を振る。足立のこうした言動には慣れている。慣れてはいるが、傷つかないわけじゃない。何か一つでも意趣返しがしたくて思わず口を開いた。
「じゃあ、一つだけ、お願いを聞いてくれますか? そうしたら今日は帰ります」
「……それって僕に何かメリットあるの?」
「聞いてくれないなら、明日、ちゃんと準備して泊まりに来ます」
 そう告げると足立は少しだけ眉をしかめた。そのまま腕を組み、首をひねって考えこむ素振りを見せる。
「ちなみに、そのお願いってどんなの?」
「キスしてください、足立さんから」
 困らせようと思って用意していた言葉を言うと、予想通り足立は驚いたようで、その瞳が大きく見開かれた。だが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべる。
 しまった、と思うと同時にふわりと足立の手が月森の肩を引き寄せ、唇に温かい感触がした。
  触れるだけかと思った唇は角度を変えると、誘うように薄く開かれ唇を舐められる。そんなことをされれば、為す術もなくその誘いに乗るしかない。足立の腰を 抱き寄せると、舌を絡めて深く口付ける。唾液の湿った音に否が応にも昂ぶってしまう。自然と腰に回していた手を下げて、肉の柔らかさを感じようとした途 端、足立に胸元をぐいっと押し返された。当然、あれだけ熱烈に交わしていたキスも終わりだ。
 物足りなさに睨みつけると、足立はしれっとした様子で口の周りについた唾液を拭う。
「キスだけ、でしょ」
「足りません」
「お願いは一つだけじゃなかったの? ほら、もう洗い物はいいから、さっさと帰んなよ」
「そんな……」
 あれだけのキスをされて、このまま何もせずに帰れというのは酷な話だ。
「サービスしてあげたんだから、もうだめ」
 そう言うと足立はリビングに戻ってしまった。実にそっけない態度である。つまり、先ほどのキスは月森を帰らせるためのサービスで、足立の本意では無いということだろう。
足立からの積極的なキスは滅多にない。セックスの最中は実に協力的だが、それは快楽を得るためという感じで、月森を求めるという感覚とは程遠い。先ほどの情熱的なキスに少しは自分を求める心があるのかもしれないと期待したのが虚しくなる。
  そりゃあ、自分たちの関係がいわゆる恋人同士のそれではなく、セックスフレンドに近いものだとは月森も理解している。だが、月森は足立が好きだ。そしてそ のことを事あるごとに伝えている。だが、そのたびに足立はなんやかんやとはぐらかし、ずるずると不健全な関係ばかりが続くはめになってしまった。
  いっそきっぱりと月森を拒絶してくれれば良かった。中途半端に受け入れられ、その身体の味を覚えてしまってから月森は足立に頭が上がらない。足立から離れ ることができない。そんな月森を付かず離れずの距離で飼い殺す足立にはどんな真意があるのだろう。もしかしたら意味などないのかもしれない。そう、ただ便 利な存在をとして傍に置いているだけかも……そこまで思い至って、月森は無理やり思考を中断した。
 こんなことは何度も考えた。そして答えは出ない。足立も答えをくれない。なら、これ以上考えることは不毛だ。自分が辛くなるばかりだ。問題を先送りにしているだけだとわかっていても、今はただ足立の傍にいられるこの関係を続けられるだけで、月森は満足なのだ。







(R18部分サンプル)



「だったら、足立さんが俺の上に乗っかればいいんじゃないですか?」
「何……僕に、君に突っ込めって言うの」
「いえ、いわゆる騎乗位という……暴れないでください、足立さん」
 今度は本気の力で押し戻されそうになるのを、慌てて押さえつける。
「本当に馬鹿じゃないの!? なんで、僕がそんな格好……」
「大丈夫です。さっき思いましたけど、あれくらいの重さなら、足立さんを支えるぐらいならわけないですから」
「話聞いてる!?」
「聞いてます。好きですよ、足立さん」
「……会話になってないんだけど」
 鼻先にチュッと音を立ててキスをすると、足立がため息をついて脱力する。月森は押さえつけていた手を緩め、身を起こすと、寝転がったままの足立を引っぱり起こす。
「……ねぇ、ホントに、やるの……?」
「はい。無理強いはしたくないので、出来れば協力してくれるとありがたいんですが」
「さっきまで無理やり僕を押さえつけてた口がよく言う……」
 月森がそう言ったのは、半ば足立が合意してくれると確信していたからだ。普段とは違い状況が、二人の常識を麻痺させる。
「なんかもう考えるのもめんどうだよ……」
  そう言って、足立がジャケットとネクタイを脱ぎ去る。汚れないように先に脱いでおきたかっただけだろうが、その仕草が色っぽく見えて胸が騒ぐ。月森も羽 織っていた薄いジャケットを脱ぐ、少し考えてから地面に敷いた。まぁ、足立のスーツと違って簡単に洗濯できるものなので、汚れても気にはならない。
「足立さん、膝をつくなら俺の服の上に……薄いんでもしかしたら痛いかもしれないんですけど……」
「ないよりマシかな……ていうか、下、脱がなきゃダメなの……」
「そうしないとうまく跨れないと思います」
「ううう……」
 足立がうめき声を上げ、少し迷ってから、スラックスを下げた、ひざ下まで下げるとそこで止まって月森を見る。下着はつけたままだ。思わずごくりと生唾を飲んでしまう。
「……これ以上は無理」
「まぁ、いいです」
  月森はそう言うと、足立の手を引き寄せる。座ったまま、向かい合う形で膝の上に足立を乗せる。足立が居心地悪そうに視線をそらすので、もう一度キスをし た。浅く深く、角度を変えてキスに没頭する。足立がやけに積極的にキスをするので、負けじとシャツの上から背中を撫で、下着の上から尻の肉を揉む。意外と 柔らかいその感触を味わうように揉みしだいていると、密着した状態の足立から胸元をドン、と叩かれた。
 不思議に思い顔を覗きこむと、潤んだ瞳で 睨まれた。けど足立は何も言わずに、月森の肩口に顔をうずめてしまう。少なくとも、本気で嫌ではないようなので、今度は下着に手を差し入れて、直に臀部に 触れる。ゆっくりと撫でながら、アナルに指がかすめると足立の身体がビクリと震える。
 顔が見たくなって、右手は下着に差し入れたまま、左手で足立の肩を押す。上気した目元が艶かしい。少しはだけたシャツの隙間から見える鎖骨にキスをする。そのまま舐め、噛み付く。
「……んっ」
  鼻にかかる声を上げて足立がのけぞる。月森はそれを支えて、今度はシャツの上から胸元に顔を埋めた。唇で、乳首の位置を探り、ようやく見つけると強めに唇 で挟む。刺激が足りないのか、足立がもどかしげに身を捩る。少し考えてから、噛み付いた。次第にこりこりと形を露わにする乳首に直接触りたくなる。
「足立さん、ちょっと掴まっててもらえますか?」
 足立が無言で月森の肩に掴まる。
  月森は丁寧にシャツのボタンを外し、直接その肌に触れた。先ほど服の上から弄った乳首だけでなく、もう片方の乳首も僅かに隆起していてひどくいやらしい。 腕を背に回し、胸元に口付ける。舌で乳首を傍を舐めると、掴まれた肩に力が込められた。焦らすように突起の脇をかすめると、耳元で足立が喘ぐ。
「……なん、で……まわり、ばっか……」
 その懇願がいじらしくて、月森はようやく乳首を口に含む。歯を立てないようにしゃぶると、だんだんと隆起し、そのつぶのような感触が舐めていて気持ちいい。もう片方は手でつまみあげ、くにくにと指の腹で押してやる。
「くっ……んんっ……」
  噛み殺した声が響く。いつもなら声を上げることに大して抵抗がない足立だが、外であることを気にしているのか、必死に声を抑えているようだった。足立の顔 が羞恥に染まっているのかと考えるとぞくぞくする。それが見たくて、顔を上げると、暗闇の中、己の唾液で濡れた乳首が妙に目立って淫猥な雰囲気を醸し出し ていた。
 胸への刺激がなくなったことで、息を詰めていたらしい足立が大きく息を吐く。伏せられた目がわずかに潤み、光を放っている。
 どちらからともなく唇合わせた。とても、舌を合わせると口内がとても熱い。身体の奥から湧き上がる熱で、足立をめちゃくちゃにしたくなる。
「……足立さん、下、ちゃんと脱がないとぐしゃぐしゃになっちゃいますよ……」
 そう耳元にささやきかけ、耳たぶを甘噛みする。
「……っつ! わ、わかっ……て」
「支えていてあげますか、ほら……どうぞ」
 足立の肩をしっかりと掴み、腰を浮かすように促すが、足立は戸惑ったように視線を彷徨わせて動かない。
「さすがにこの体勢じゃ、俺は手伝えませんよ?」
「……! この、クソガキっ……」
 くすくすと笑って言うと、悔しそうに足立が唇を噛む。のろのろと腰を上げ、足立が震える手で片足ずつスラックスから足を抜く。だが、未だ下着はつけたままだ。腰骨のあたりからつつーっと指でなぞる。下着の縁に指を引っ掛け、少しだけずらす。
「これも……このままじゃ汚れちゃうんじゃないですか?」
「……君には常識ってもんがないの……」
「心配しなくても、俺しか見てませんよ」
 足立としては外で肌を露出することによほど抵抗があるのだろう。それが、普段は見られない羞恥と屈辱の滲む表情を作っているのかと思うと、危険な快感に目覚めてしまいそうだ。
「それ、脱がないと、ずっとこのままですよ。辛くありません?」
 そう言って、今度は太ももに指を走らせる。蛇行を描いて内股に達すると足立の身体がぴくりと震える。それでも足立は動かず顔を背けるだけだ。しかたがないので、月森は指先で足立の股間を突く。突いて、その輪郭を指でなぞる。決して、掌で強い刺激は与えない。
「……へっんな、さわりっか、た……すん、なっ」
「だって、ちゃんと触ったら汚しちゃうじゃないですか」
「……へ、たい……」
  そんなにかすれた熱っぽい罵倒で、月森が怯むわけがない。このまま押し問答を続けていてもしかたがないとようやくわかったのか、足立がおぼつかない手で下 着を押し下げる。露わになった性器がもう半分勃ち上がっているのが、この暗闇の中でもよくわかって情欲を掻き立てられた。




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