心臓の囚人 本文サンプル
少年とはそれほど親しい間柄ではなかった。
堂島の家に行けば会う程度、それから何やら暗躍している彼らをミスリードするために近づいたことが数回。
この春から稲羽市を騒がせている連続殺人の犯人である足立にとって、彼らは面白くない存在だった。少年たちの暗躍を疑ったのは天城雪子が無事に発見された事がきっかけだった。マヨナカテレビにはたしかに彼女が映っていたのに、死体にはならなかった。すなわち、彼女が自力であそこから出てきたか、助けた何者かがいるかのどちらかだろう。足立はまだマヨナカテレビの仕組みを詳しく知っているわけではない。だが、生田目の例があるように、あちらの世界と通じることができる人間は他にも出てくるのではと推測していた。
天城雪子の事情聴取をしたかぎり、彼女一人の力で助かったとは到底思えなかった。彼女を助けた人物がいるのだ。警察側は彼女の失踪の理由を問いただすばかりで、彼女がどうやって戻ってきたのかはまったく問題にしなかった。足立がその事について問うこともできたが、あえてそうはしなかった。なんとなく、予感めいた心当たりがあったからだ。
天城雪子が行方不明になった時、不審人物として警察署に連れてこられた少年たちを思い出す。彼女の友人である彼らが勇み足で騒ぎを起こしただけなのだと思っていたが、いくら子供とはいえ高校生にもなった人間がそうそう馬鹿なことをするとは思えなかった。しかも不良少年ならいざしらず、彼らが至極真っ当に、むしろ優等生然として見えたのも、足立の中で違和感として残っていたのだ。
ジュネスをサボり場所の1つとしていた足立にとって、彼らの監視は容易かった。案の定、天城雪子と少年たちが話している現場に出くわすことができた。彼らの声はけして大きくはなかったが、注意深く聞き耳を立てれば、事件の犯人を推理しているのがわかった。
幸いまったく知らない相手ではない。共通の知人である堂島の話を出しつつ近づくと、一人の少女から事件について問われた。渡りに船と思い、適当な推理を話してやると彼らの表情が変わるのがわかった。大人を信用していない、生意気な目だ。まぁ、足立という人物の印象を決定づけるには調度良かっただろう。彼らには頼りない、だが、警察の内情を知るには都合の良い人物に映ったに違いない。
その印象づけはうまくいったようで、彼らは足立に出会っても何の警戒もしてこなかった。それどころか、足立が警察の情報を漏らすのを期待している雰囲気で、それがおかしくてたまらなかった。
何かと勘のいい堂島が、彼らが危険なことに首を突っ込んでいるのではとこぼしているのをいいことに、忠告のふりをして彼らに情報を流した。だが、けして慣れ合いはしない。情報を流しながら、彼らの反応を窺い、真相には程遠いところにいるのを確認しながら、彼らと程々の距離を保っていた。
だが、いつの頃からだろう。
一人の少年に声をかけられることが増えた。
それは堂島の甥である少年で、彼らのリーダー的存在だった。
やけに顔の整った少年で、堂島の話では学力も申し分ないという。何度か堂島宅に行った時には、手料理などを振舞われた。
足立は直感した、『こいつはチケットを持っている奴だ』と。
そう思うと、敵愾心にも似た思いが足立に芽生えた。高校生と張り合おうなどとは思わない。だが、才気溢れる若者というものはそれだけでこちらを卑屈にさせる。
そんな少年の相手をするのは面倒以外のなにものでもなかった。
好意的に接してくれるのは悪くない。それはすなわちこちらの素性がバレていないということで、完璧に彼を欺けているという事だからだ。
しかし、必要以上に慣れ合うのはごめんだった。
けれども、少年は足立が行く先々に現れた。会えばどうしても愛想を振りまかない訳にはいかない。足立は仕方なく、サボり場所のいくつかを変更した。それにもかかわらず、少年に遭遇するのだから気味が悪い。まるでこちらの行動を読まれているようで、内心穏やかではなかった。
今も、そんなサボり場所の一つである、寂れた神社で少年と対峙している。
少年……月森も足立がいたことに驚いているようで、切れ長の目が大きく見開かれていた。
足立はため息をつきかけて、必死にそれを飲み込み、親しげに片手を上げる。
「やぁ、こんなところで偶然だねぇ」
なるべくのんびりとそう告げると、少年がふわりと笑った。
【R18部分サンプル】
「わかりました。足立さん。今からあなたを犯します。嫌だといっても逃がしません。そうですよね。俺も、足立さんも男なんだ。こういう方法がわかりやすいんですよね。きっと……そう……足立さん、あなたが、悪いんだ……」
最後通告のように告げられた言葉に恐怖する。身体に力が入らない。ゆっくりと近づく少年の、冴え冴えとした瞳から目が逸らせない。色素の薄い瞳に映った自分の表情がとても頼りなくて別人のようだった。そうして目を閉じることもできぬまま、少年の顔が間近に迫り、唇に温かい感触がした。
唇は一瞬で離れたのに、首の後ろがちりちりと焼けるようだ。全身で危険信号を感じているのに、押しのけることが出来ない。少年を押し返そうと持ち上げた腕は力なく空を切る。
震えるような吐息が鼻先にかかる。その薄い唇が何事か囁くのを見て、思わず目を閉じてしまった。
取り返しのつかないことをしてしまったと気がついたのはもう一度くちづけられてから。掴まれたままの肩にぐっと力がかかり、重心が傾く。ちょっと待った、と言いかけて、まるで誘うように口を開けてしまったことに気づくがもう遅い。ぬるりと入り込んだ舌に首の後ろが更に熱くなる。焦燥感に鼓動が早鐘を打つ。
だめだ、だめだ。このままではいけない。
どさりと倒されて背中に床の感触がする。その拍子に作業テーブルにぶつかってしまったのか、バサリと教科書が落ちたのを視界の端でとらえた。
「ちょ、ちょっと、待っ……」
ようやく言えた言葉も、もう一度唇を塞がれ最後まで言えなかった。今度は開けてしまわないように、ぎゅっと口を引き結ぶと、下唇にびりっと痛みが走り、噛み付かれたのだと気づいた。痛みに呻き声を上げると、その隙を狙って月森の舌が足立の口腔内に侵入する。性急に口内を動きまわる舌は足立に息をつく暇を与えてくれない。鉄さびの味のする唾液をぬるぬると絡められ、むせそうになる。
はぁはぁと短い呼吸音がやけに耳に響く。唇が離れ、ようやく開放されたと思ったら、先ほど噛み切られた下唇をなめられた。そのまま、口の周りにこぼれた唾液を綺麗に舐め取られる。その気持ち悪さに手を伸ばして少年を押し返そうとする。だが、狭い場所で動きを封じ込めるように上から覆いかぶさられているためがその身体はびくともせず、これでも現職の警察官であるのにまったく抵抗できないことに恐怖心が増す。その焦りがますます足立の動きを空回りさせる。
「ふふ……足立さんの血、おいしいですよ」
月森が恍惚としてつぶやく。それから月森は自らの唇を噛み切った。足立が驚いて目を見開くと、顎を掴まれ強制的に口を開かされる。
「俺の血も、味わってくれますか……?」
「……っう」
血の滲む唇を押し付けられ、また鉄の味のするキスが始まる。口の中を余るところなく舐められ、舌を吸われ、唾液を絡められる。乱暴なキスなのにだんだんと頭がしびれる。先程から首の後でちりちりと燃えている炎も勢いを増すばかりだ。
何度も角度変えて口付けられる。少年の血が混じった唾液を飲み込みたくなくて、口の端からだらだらと唾液があふれた。そんな足立の様子に苛立ったのか、月森が舌打ちする。
「足立さん、ちゃんと味わってくれないと困ります」
そう言われて、腹部にぐっと力が加えられたどうやら月森の膝が乗っているようだ。徐々に力を込められ苦しい。仕方なく唾液を嚥下すれば、少年は満足してくれたのか、腹部の重みはすぐに引いてくれた。気分の悪さに咳き込む。
シュッと音がしてネクタイが解かれたことに気づいた。まずいと瞬時に分かったが、月森は驚くほどの早業で、解いたネクタイを足立の両手を縛りあげた。
「ふ、ふざけるな! 解けよ!」
「黙ってください」
いつもの口調を取り繕う余裕もなく叫ぶと、ぴしゃりと頬を叩かれた。そんなふうに叩かれたことなどなく、カッとなるが両腕の自由がきかなくてはただ睨みつけることしかできない。
月森は睨まれても気にしないどころか、艶然と微笑む。その笑顔に気圧されて身をすくませると、月森の手がシャツへと伸びた。ブチブチと音を立ててボタンを引きちぎられる。そして、足立の薄い胸板に月森の腕が這う。愛おしそうに撫でるその仕草に肌が粟立つ。膨らみのない胸など触って何が楽しいのか、月森は興奮した様子で足立の身体を愛撫した。
その感触が嫌で足立は身を捩る。しかし月森は手を離すどころか、胸の突起を摘んだり指の腹で押しつぶすように弄りはじめた。ぎゅうっと強めに乳首を弄られ、痛みから思わず声が漏れた。その声を勘違いしたのか月森がくすりと笑う。
「男の人でも、乳首で感じるって本当ですか?」
「ばかいうな、よ……痛いんだってば……」
「じゃあ、もっと優しくしますね」
そう言って、月森が唇を足立の胸板に落とす。幼子が母乳を求めるように乳首を吸われ、足立の身体がビクリと跳ねる。ねっとりと熱い舌が身体の上を這いまわる感触に何とも言えない疼きがわいてくる。
「……ふっ……う……」
月森の唇はそのまま胸板を下り、腹部にもキスを落とした。ときおりきつく吸い付かれて、そのたびに声が漏れた。快楽を感じているわけではない、これは不快感や痛みに反射的に出る声なのだ。そう自分に言い聞かせて、羞恥に狂いそうになるのを必死に抑えた。
カチャリと音がしてベルトを外される。その耐え難い屈辱に縛られたままの両腕を振りあげるが、月森にはやすやすとかわされてしまった。
「……あとで覚えてろよ、クソガキ」
憎悪を込めて睨みつけても、月森は平然としている。それどころか、何か満足そうに微笑まれた。
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