終わりの九ヶ月 本文サンプル
序章
一度目は自ら罪を犯し、自分はどこかで何かを間違えたことを漠然と感じながら終焉を迎えた。この時のことはほとんど覚えていない。
二度目は何故か怒りにまかせて行動してはいけないことだけを覚えていた。いや、覚えていたと言うより、強く感じていた。そのおかげで生田目に手を下さず、
あの人にたどり着いた。悲しかったけれども、大切な人たちを守れたことにとても満足していた。だから、忘れてしまったんだと思う。 三度目は既視感を感じながら、最後にあの人からの手紙に気づいた。霧を晴らした時、ああこれで終わるのだと感じた。 稲羽市を離れる電車の中でまどろみながら、この一年を振り返る。あの人からの手紙を見る。憎むべき犯人だった。だが、それだけじゃなかった。彼だってこの一年で得たかけがえのない思い出の一部なのだ。 それにこの手紙がなければ心の真相に辿りつけなかった。 彼は罪を犯したが、絶対悪というわけではない。 それは自分にも言える。今なら思い出せる。一番最初に憎しみにかられ罪を犯したことを。愉快犯と比べて、仕方が無いことなどとは言えない。罪は罪だ。
まどろみから目が覚めた時驚いた。 目の前にイザナミがいる。手をしっかりと握られていたが、すぐに離された。軽いめまいに頭を押さえる。 ガソリンスタンドの店員に扮したイザナミはどこにでもいる人間のようだった。 だが、クスクスと笑う声が頭の中に響く。 「愚かなものだ。お前はまた私を倒しに来たのかい。それとも、別の目的があるのか。どちらにせよ、やることは変わらない。お前が負けるか、お前が勝つか、それだけのことだ。これ以上何を望んでここにとどまるのだね」 まるで時が止まったようだった。頭の中に流れる声に愕然とする。 「何度繰り返してもあれ以上のことはないよ。十回、二十回と回数を重ねようと、お前は懲りないのだな」 はっとする。これは四度目ではないのか? 自分はそれ以上にこの一年を繰り返していると? どうやら頭の中で考えていたことが伝わっていたらしい。 「気づいていなかったのか。なるほど、では、この声が聞こえたのも初めてというわけか。まぁ、せいぜい頑張るといい。もはや私は私という「役割」を演じるのみ。お前のことなどどうでもいい」 そこで頭の中に響いていた声はピタリと止んだ。 さっきから眩暈がする。菜々子が心配げに声をかけてくれたが、うまく対応できたかどうかわからない。 こうして、自分はまた二〇一一年の稲羽市に戻ってきた――――
叔父の車の中でイザナミの言葉を思い出しながら、自分の記憶を辿った。一度自覚してしまうと思い出すのは容易かった。 数年分(という言い方には語弊があるが)の記憶に我ながら途方に暮れる。 自分はずっと稲羽市で起きた事件そのものが起きないようにできないかと画策していたのだ。 足立の最初の犯行は防ぎようがなかった。自分が周回している記憶を取り戻すのは決まって第一の犯行が行われた後だった。せめて、第二の事件が起きないよう足立に犯行をやめるように言ったこともあるが、余計に事が拗れ、事件は起きた。 そもそも事件が起きなければ、クマとは出会うことができず、彼の世界も霧に閉ざされたままになってしまう。 いや、テレビに入る能力自体はこの街に着た時に与えられているのだ。事情を説明すれば仲間を集め、あの世界の霧を晴らすことはできるかもしれない。だけど、それでは何かが違うと感じた。事件を追うという共通認識があって、彼らは仲間になったのだ。 事件は必要だと感じている自分を嫌悪する。そのくせ、足立に犯行をやめて欲しいだなんて考えは都合が良すぎた。 どうしても、あの人が罪を犯すという事に納得が行かなかった。繰り返すたびに彼に犯行をやめるよう訴えた。だが、その言葉は届かず、のらりくらりと逃げられたうえで、十二月にはいつも赤と黒の禍々しい世界で彼と敵対するのだ。 それが悲しかった。 足立が幼稚な犯罪者として徹底していれば良かった。憎むにふさわしい敵として高みにいてくれれば良かった。そうしたら、自分は彼をその座から引きずり下ろし、断罪することをこれほど苦々しくは思わなかったはずだ。 だ
が、事件の間、足立はずっと優しかった。捜査を撹乱させるための偽りであっても、数々の助言(というより、失言に近かったが)が仲間を救うことにつながっ
たのは確かだ。まぁ、事件の渦中に追いやり、あわよくば捜査の途中で倒れることも期待していたのかもしれない。だけど、どうしてもそれだけではない何かを
感じていた。 それは脅迫状のこと、叔父や菜々子を心配する姿に嘘偽りがなかったこと。きっと彼にとっては叔父や菜々子が巻き込まれるのは想定外
だったはずだ。そう思うと、あの脅迫状もただ脅しをかけているにしては不自然に感じられて、それだけではない何かを感じてしまうのだ。そして、彼は最後ま
で叔父のことは悪く言ったことがなかったのもよく覚えている。テレビから出てきた直後、叔父の計らいと相棒だからという言葉を聞いたあの人の顔は忘れられ
ない。 勧善懲悪なんて言うのは、いわゆるお話の中だけのことじゃないだろうか。罪は罪だとわかっている。だが、足立を断罪するのはこんなにも胸
が苦しくなる。自分に近しい人が犯罪を犯したことを認めたくないから? いや、それだけではない。同じ、テレビに入る能力をイザナミに与えられて、彼は罪
を犯した。もしかしたら、犯罪を犯していたのは自分だったかもしれない。突如得た不思議な力に思い上がっていたのは自分だったかもしれない。 赤と黒の世界で見た足立のペルソナをよく覚えている。自分の持っているイザナギとそっくりだったあの姿を。 イザナミに教えられたことがある。イザナミは稲羽市に訪れた外来者三人にそれぞれ「虚無」「絶望」「希望」の因子を与えたのだと。 どこかで順番が入れ違っていれば、自分が…と思ってしまう。それに希望の因子を与えられたからといって、道を外れない保証はないのだ。現に繰り返す一番最初の世界では自分たちは取り返しの付かないことをした。
足立は「虚無」だという。これが絶望であればまだ話は簡単だったのではないだろうか。絶望には希望を与えれば良い。これで終わりではないのだと、光り差す
道へと導いていけたかもしれなかった。事実、絶望の渦中にいた生田目は、偽りとはいえ、足立に示された希望を頼りに自ら正しいと思う行動を続けることで自
身を救済していた。だが、足立の虚無にはどうしたって手が出せない。自称特別捜査隊の自分たちは完全に軽んじられていたし、叔父や菜々子は彼の虚無を知る
に至ることはない。叔父ならばあるいは、と思わなくもないが、彼は彼で抱えている問題があるのを知っている。それにこんな信じられないような話で、足立を
止めてくれなどと頼めるわけもない。 自らが足立を向き合いたいという思いもある。 自分は「虚無」を知っている気がする。稲羽市に来る
前の生活では周りの人間とそこそこうまく付き合ってきたつもりだったが、こちらでかけがえのない仲間ができてからは世界の色が違って見えた。それ以前の自
分は灰色で、何もなかったように感じる。世界に絶望していたわけではないが、あの何もないという感覚を虚無というのなら、それはなんて寂しいことなんだと
思ってしまう。 足立も寂しかったのだろうか?何があったかはわからないが知らぬ土地に来て、理解者もなく。いや、理解しようともせず。自身の殻にこもり、自身の尺度でしかものを測れず、世の中に失望して、空虚感を抱えて一人きり。 彼の子供のような独善的な考えに同調するわけではないが。彼がそこまで追い込まれた過程を想像するとなんとも言えない気持ちになる。 どうしてもほっておけないのだ。彼は、稲羽市に来ることなく大人になった自分自身のような気がして。 だが、自分に何ができる? こうして何度もこの一年を繰り返し、自分は何を求めているのだ? 足立の救済だろうか? 彼を、自分が救いたいと? 本当に? 自分の足立に対する執着心に何か薄ら寒いものを感じた。 気づいてしまってはもう偽れない。自分の足立に対する執着心は犯罪者に向ける憎しみも虚無を抱えた彼に対する同情も救済したいという欲求も、すべてがない混ぜになっている。まるで恋焦がれているかのように。足立と話がしたかった。彼のことがもっと知りたいと思った。 だから……だから、まだ自分はこの閉じた一年の中にいるのだろうか……。
彼を欲する心を世界に見破られているから――――
(中略) (※R18部分抜粋)
「足立さん、こっち向いて下さい」 「……やだ」 肩にかけた手に力を込め、こちらを振り向かせた。朱に染まった目元が扇情的で、息を呑む。背けられたままの顔に唇を寄せ、頬にキスした。そうしてやっと足立がこちらを見る。 「だから嫌だったんだよ。すっかりケダモノの目になっちゃってるし」 睨まれてもまったく気にならない。堪え切れない愛おしさで頬が緩む。 「俺は嬉しいです。だって、俺がどんな気持ちで足立さんに触れてるのか、伝わってたんだってわかったから」 「僕は全然わかりたくなかったよ……」
口を尖らせ足立が文句を言う。それが可愛くて、そのまま唇を重ねた。順序良く、というわけではないが、軽く押し当てるようなキスから、徐々に深く。唇を舐
め、舌で割るようになぞれば、かすかに唇を開けてくれて、そこへすかさず舌を差し込んだ。ゆっくり味わうように舌を絡め、足立の舌を自分の口腔内へと誘
う。最初は動かなかった足立も、鳴上が繰り返すキスに根負けしたのか、自ら舌を絡めてくれた。自分の口腔内へ入ってきた足立の舌に精一杯の愛撫を返す。
が、すぐ逃げられてしまった。またこちらから舌を差し入れても良かったが、下唇を食むようにしながら舐め上げ、ちゅ、ちゅ、と吸い付く。 唇を離すと、熱のこもった瞳で睨まれた。そっと足立の下半身に目をやると、やはり反応している。そういう自分ももうスイッチが入っていて、止められない。 「確認しないでくれる…?」 「すいません。でも、俺も一緒です」 「……そんなの、見てればわかるよ……」 ふてくされる足立にくすりと笑いかけて、もう一度キスをする。絡めて口からあふれた唾液がぬらぬらと足立の唇を染めている。それを親指の腹で拭いとって舐める。半ば、癖としてやってしまう行動なのだが、何度か足立に「変態くさい」と言われた。 「はぁ……僕、もう疲れてるから早く終わらせて欲しいんだけど……」 「じゃあ、協力して下さい」 「ええー……」 身体は反応しているくせに足立は非協力的だ。もっとよくお互いが快楽を得るために協力することも重要なプロセスだと思うのに。 「そういう君はまず服を脱いだらどうなの」 確かに自分は服を着たままだ。さっきまで帰るつもりだったし、シャワーを浴びたあと素っ裸でいるわけにもいかないで、服を着ているのは当然である。 「そうですね。汚れたら大変なんで、脱ぎますよ」 「手伝わないからね」 「何も言ってないじゃないですか……」 この状況に納得がいかないのか、足立がいちいち突っかかってくる。実はそれがすごく可愛いと思うのだが、言わないほうがいいだろう。いつもの、何も言わずにただ鳴上の行為を受け入れる足立より、今のほうが何倍も魅力的だ。 服を脱いでたたみ、足立の方へ戻ろうとすると、目が合った。その表情が妙な静けさを漂わせていて、ドキリとする。何か違和感を感じる間もなく、目の合った足立に睨まれた。早くしろ、ということらしい。 「好きです。足立さん」 「だっから、いちいち言わなくてっ……」 文句を言われる前にもうまたキスをした。ちゅっと音を立てて離し、微笑みかけると足立は何も言わなくなった。不機嫌そうに鼻を鳴らし顔を背ける。 その横顔にもキスをした。そのまま、顎、喉、鎖骨となぞるように口付ける。
胸元に手をやれば、先ほどの性交の余韻もあり、軽くいじるだけで乳首が隆起した。男の胸なのに、ぷっくりとその存在を自己主張する尖りに吸い寄せられるよ
うに口付ける。舌で舐め、円を描くように舐めると足立が震えるように身を捩った。よく見るといつの間にか口を手で覆っている。その理由を声を聞かれたくな
いからと何度も聞かされた。確かに隣に聞こえてしまうような大声は気恥ずかしい。近所の目もあるのだろう。足立は快楽に乱れることはあっても、けして大き
な嬌声をあげることはなかった。それは、手で抑えこんでいるからというだけではない。 声が聞きたいと、迫ったこともある。乱れる足立の両手を抑えこんで事に及んだこともあった。だが、足立は唇を噛み締めるでもなく、自然に声を押さえ込んでいた。その様子から見ると、もともと大きな嬌声をあげる方ではないのかもしれないが、少し違うように感じていた。 足
立は快楽に従順だ。こちらがすることに、時々不満のようなものを漏らすことはあっても、抵抗されたことはほとんどない。かといって、この人は快楽に呑まれ
るようなタイプではなく。いつもぎりぎりの所で、自分という人格を守ることを忘れなかった。こちらがどんなに工夫を凝らしても、溺れるように自分を求めて
くれはしないのだ。 「いっつ……」 足立が快楽からとは違う、痛みの声を上げる。考え事をしていたせいで、先程から乳首をいじる指先に、つい力を込めてしまったようだ。 「すいません、足立さん……」 「い……から……続け、て」 手
で抑えているため、足立の声は少し聞き取りづらかった。促されるままに、足立への愛撫を再開する。自分の手のうちでぴくぴくと震える足立を感じるのが好き
だった。手に伝わる熱も、目に映る上気した肌も、汗と精液の匂いも。自分の想いがどこまで届いているかわからない。だが、こうして、自分の熱が足立にしっ
かりと伝わっているのがわかるとたまらなく嬉しかった。 すでに半分勃ち上がっている足立のものに手を添える。軽くしごくと足立がうめき声を上げた。そのまま、徐々に力を込めて扱く。裏筋から亀頭までを指で擦り、包皮に覆われた部分をやさしく刺激する。徐々に包皮から顔を出すカリの部分には特に優しく触れる。 「は、あ……はぁ……」 足立の呼吸がわずかに浅くなる。はぁはぁとした息遣いに、熱がこもっているのを感じて思わず唇を舐めた。 やがて完全に立ち上がり、亀頭が剥き出しになった陰茎の先からぬるぬるとした先走りがにじみ始めた。それを塗り広げるようにして根元から扱く。 「う……ちょ、と……そっちばっか、じゃなくて」 「出しちゃってもいいですよ?」 「ば…か、言うなよ……こっちはあと一回で限界……」 睨まれた。欲と熱のこもった瞳で睨まれても逆効果なのだが、おとなしく従う。確かにもう今日は一度セックスした後なのだから、あまり無理はさせたくない。
陰茎から手を離すと、鳴上は自分の人差指と中指を唾液で湿らせ、足立の後孔に指をあてがった。先程からあまり時間が経っていないためか、人差し指は難なく
入れることができるほどほぐれていた。これなら潤滑剤を使うこともなさそうだが、念のため、まだ傍らに転がっていたローションをたぐり寄せ、入れていた指
を引き抜きチューブの中身を手に取った。 足立の太ももを支え、もう一度後孔に指を差し入れようとすると、その手首が掴まれる。首をかしげて顔を上げると、足立は無言でうつぶせの体制を取り、膝を立てて腰をこちら側に突き出してきた。 その表情は伺えない。両腕で頭をかかえるようにして布団に押し付けている。 「足立さん、正面からじゃ、ダメなんですか」 「ダメ」 にべもなく断られた。
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